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日記+

管理人、青空 ぷらすのどうでもいい日常を書き綴っています。

貧乏人的価値基準

ぷらすです、こんばんわ。
長い間貧乏をこじらせていた所為か、「質より量」の感覚が抜けません。
例えば一個100万以上する腕時計。(クオーツじゃないいわいる機械時計)
例えば普通のデスクトップよりも値段の高い、薄くて小さいノートPC。
一貫何千円もするお寿司。
等々

理屈としては分かるんです。

時計にしろ、PCにしろ、そこには技術とか、最新のテクノロジーとかね、そういった理由から値段が上がるって事。
寿司ネタが一匹あたりほんの少ししか取れない貴重な部位であること。
技術、利便性、必要性、希少性、そしてロマン。(もちろん、それらを購入できるだけの余裕があることが大前提ですが)

頭では分かるんですけど感情的に納得できないんです。

なんかね、値段の高い物はドカーンであって欲しいんですよ。
見た瞬間、うわ! スゲェ! みたいな。
例えば、何十万円のPCは、もうなんか部屋の天井に届いちゃうタワーみたいな、鉄のこけしみたいな形のが二つついてて、その二つの間にバリバリ電流が流れてるみたいな。
100万円の時計だったら、むやみやたらに針がついてるみたいな、日付と時間以外に、その日の湿度とか天気とか、何なら世界中の時間が分かっちゃうみたいな。
一貫何千円の寿司なら、一貫の大きさが両手で抱えないと持ち上がらないみたいな、うっかりギネス載っちゃったよ! みたいな。
そういう、見た瞬間に納得の行く、あぁ、この大きさならしょうがないや的な、一杯材料使ってるもんね的な、そういうのが欲しい訳です。
まさしく、質より量っていう。
多分、僕の前に舌切り雀が、大きなつづらと小さなつづらを持って現れたら、間違いなく大きなつづらを選んでしまうんだと思います。
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  1. 2008/05/20(火) 01:32:48|
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